YOU CAN FIND



ピアノを弾く彼を見つめる。
へたな女よりも、ずっと色気を感じていた。
彼に誘われて、ピアノの脇に立って。
弾きながら、ときどき上目遣いに見られると胸の奥がざわめく。
ざわざわざわざわ。
「今後のためにも色んな声を聞きたい」と始めた発声練習をしながら。
ずっと見つめていた。
長い睫毛を。
薄い唇を。
細く長い指を。
きめの細かい白い肌を。
男の彼を。
女だったら、と何度も思う。
どれだけ好きになれば。
この想いは勇気に変わるのだろうか。
誰かに訊いてみたい。
同性と初めて寝た時の気分を。
同性に性欲を感じる瞬間を。
慣れれば、なんとも思わないのだろうか。
わからない。
誰かに教えてもらいたい。
理性がブレーキをかける。
性欲を感じても、すぐに我に返ってしまって。
もともとが感情だけで動く人間ではないから余計に。
いつでも触れられるという安心感からか。
気持ちを確かめ合う前の方よりも冷静になっていた。
それでも。
この心の奥に確かにある衝動を、隆は感じていた。
過去の出来事があるから、本能でそれを鎖で縛っているけれど。
それが解き放たれた時。
自分がどうなってしまうのか想像が出来ずに、身震いした。



「はぁー。手がつったから揉んできたよ〜」
哲哉は濡れた髪をタオルで拭きながら背中を伸ばした。
先に酒を飲み始めていた隆が、グラスを片手に顔を上げた。
そして、目が合うと目を瞬かせた。
そんな隆の仕草に哲哉がきょとんとして首を傾げた。
「あにゃ?」
「いや」
「へ?」
「何でもない」
隆は目を逸らすと、グラスを傾けた。
数週間前に切ったばかりの短い髪を乱暴に拭きながら、哲哉は眉をひそめた。
ふと、尚登に言われたことを思い出して、ソファに座っている隆の足元でしゃがみ込んで目を見上げた。
今度は隆が怪訝な顔をする。
「なに?」
「いやぁ、目を見ればわかるかと思って」
「はぁ?」
隆の眉間にしわが寄ると、哲哉は笑って隣に座った。
「やっぱりわかんないや」
「なんのこと?」
「ウツの頭の中のこと」
笑いながら答えると、隆が背もたれに寄りかかって息を吐いた。
「わけわかんない」
「あぁ、気にしないで」
哲哉が笑って誤魔化すと、隆が目だけ向けた。
「オレって変かな」
「なんで?」
哲哉が首を傾げて、隆の顔を覗き込んだ。
「よく言われるから。何考えてるかわかんない、とかさ」
その言葉に、哲哉は「んー」と唸った。
「別に?今みたいに誤魔化されると、何考えてんのかなぁ〜て思うけど。だから、変わってることはないよ?」
「別にいいけどさ」
「気になるの?」
哲哉がじっと見返すと、隆は苦笑した。
「そんなんじゃないけど。ごめん、変なこと言って」
「僕もよく言われるよ。でも、芸術家なんて変な人ばっかりじゃん。この歳でまだ夢捨ててないんだから、僕たちみんな変わってるんだよ、きっと」
ワインをグラスに注ぎながら哲哉は「ね?」と笑った。
その笑顔に隆は破顔する。
「そうかもね」
そう呟いてグラスを傾ける隆に、哲哉は見入っていた。
隆の笑った時の顔が一番好きだ。
可愛いなぁ、としみじみ思う。
つい頬にキスをすると驚いた顔をされた。
「可愛いなぁと思って」
「可愛いって…」
隆が複雑な顔で目を逸らす。
「可愛いって言われるの嫌い?」
「なんか可愛いって柄じゃない気がして」
「ウツは可愛いよ。格好良くて可愛いなんて最強だよ?」
「そう…なのかな?」
少し照れくさそうな隆に哲哉は悶えそうになった。
「ほら!可愛い!」
「ぇえ?」
「あーこうやって、面と向かって言えるって幸せ〜」
「は?」
「知らなかったでしょう?僕ね、ウツには一目惚れなんだから」
哲哉は心底嬉しそうにグラスを傾けた。
「声も、顔も、パフォーマンスも最高。最初はヴォーカルとしてだと思ってたんだけど、ウツが話してくれるようになって気づいたの。これは恋だ!て」
隆がじっと哲哉を見つめる。
その視線の強さに哲哉は目を細めて笑った。
「こんなに一人の人に夢中なったのウツだけだからね」
「ありがとう」
隆は哲哉の気持ちに答えるように笑顔を返す。
その笑顔がまた哲哉の心をくすぐる。
「この僕がこんなに一途になるのってスゴいことなんだからね?」
哲哉が言い聞かせるように言うと、隆が楽しそうな目で哲哉を見つめる。
「そうなの?」
「そうなの!」
言って哲哉は隆の太ももに手を置いた。
だから、と哲哉は改まった声で呟く。
「結構、覚悟して来たんだけど…」
上目遣いに隆の顔を窺った。
「ダメかな?」
言われて、隆はそっと哲哉の触れられている手を見つめた。
触れた場所の神経が敏感に手の感触を感知している。
痺れたような感覚がして、隆は口元だけで笑った。
そっと目を閉じて、隆はその手の温もりを感じる。
哲哉が沈黙に耐えきれなくなって手を引こうとした時、隆はその手を掴んだ。
「オレだって、覚悟はしてるよ」
そう言って隆は目を上げると哲哉の目を見つめた。
哲哉の目が揺れる。
そんな哲哉の薄い唇に、自分のそれを重ねた。
「オレだって好きだって言ってる」
「…でも」
「人を好きになるって、そういう事なんじゃないの?」
戸惑う哲哉に隆が笑った。
「触れたりしたいから、意識するんじゃないの?」
「良いの?」
「中途半端な気持ちじゃ男とつき合えないよ?オレは」
哲哉の白い頬を撫でながら隆は言った。
「覚悟はしてるから。だから…逃げないから」
哲哉を抱きしめる。
そして、そっと目を伏せた。
「夢みたい」
哲哉は隆の背中に手を回した。
「誘っといて?」
隆が笑うと、哲哉も微笑む。
顔を上げて。
見つめ合うと引き合うように唇を重ねた。
哲哉は心からほっとしていた。
逃げないと言ってくれたことが何よりも嬉しかった。
ダメ元で誘って、もし拒否をされたら諦めようと思っていたから。
友達に戻ろうと。
中途半端に付き合えるほど、哲哉の隆に対する想いは軽くなかったから。




つづく。

もどる。

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